烏魯木斉の映画館で「万引き家族」を観る(ウルムチ・後編)

 

烏魯木斉でやったことと言えばこれに尽きる。

万引き家族」といえば是枝裕和監督作品でカンヌ国際映画祭パルムドールを受賞したことでも名高い2018年の注目の映画の一つである。烏魯木斉の片隅に或る「十月影剧院」という映画館でこの作品を観た。「万引き家族」。大前提として万引きは間違いなく犯罪行為なのだけど、正義とは何か。正しさとは何か。を問うてくる作品で、リリーフランキー安藤サクラの演技もさることながら子役の二人の演技やキャラクター設定の妙が光っていたし、即物的な魅力を挙げるなら松岡茉優のビキニ姿の谷間だけが大写しになるシーンが数秒あるよ!見てね!といったところだろう。つらつらと「万引き家族」の魅力や感想を書いてもいいのだけれど、僕に求められているのはそっちじゃない気がする。多分、「なぜ僕が中国の果ての映画館でこの作品を観ることになったのか」だ。また、こんなことを言われそうだ。おい、観光もせず、海外っぽいこともせず、何してんだよ、よくそんなんで烏魯木斉にまつわる生意気な雑文投稿してんな、と。あぁ。お前の言い分は分かる。充分に分かるから、俺に言い訳をさせてくれ。

 

まず、俺はウルムチに5泊したんだ。そんなヤツは普通いないよ。烏魯木斉ってのは新疆ウイグルの拠点ってだけで、取り立てた観光名所は無いんだ。旅行者はだいたい1,2泊したらトルファンだとかカシュガルだとか新疆ウイグルの他のスポットへ移動してしちまう。5泊もいたらホステルでは最古参。マジでお前まだいんのか状態。高3の10月なのに練習参加してる先輩状態。だから、そう、暇だったんだよ。目抜き通りを何往復もしてありとあらゆる店に入ってみたり、「乌鲁木齐旅游完全攻略」みたいな中国サイトを頼りにバスに30分揺られてたどり着いた結果、ただのショッピングモールだったり、一週間分のオールナイトニッポンを聴いてみたり、そう、暇を持て余してたんだ。そこに来ての映画だよ。悪くないだろ?

 

なんだか不服そうな顔をしているね。え?うんうん、なるほどね。つまり君はこう言いたい訳だろ?「そんなに暇だったらお前もトルファンなりカシュガルなり他の観光スポットへ行けばいいじゃん」って。まぁそんなにカリカリすんなよ。ヤフコメかよ。僕だってバックパッカーの端くれだから、もちろん色々と行ってみようとしたぜ。でも、ある不運な男がいて、烏魯木斉を離れられなかったんだよ。その男の名は、海老名クン。酔った勢いで一緒に自転車でパミールを行かないかという誘いに乗って実際にやって来る、世界で一番フットワークの軽い男。そして出国から自転車旅開始まで何も上手くいかなかった不運な男。彼が日本を発とうとした日、8月9日の朝。ちょうどそのタイミングで関東を台風が直撃。台風で交通機関が麻痺することを懸念して羽田空港に前日入りした海老名クン。空港で夜を明かし、結局、羽田空港への交通機関が麻痺することも無くその用意周到さは無駄に終わった挙句に、北京行の飛行機はまさかの9時間遅れ。最終的に羽田空港に16時間滞在した彼の烏魯木斉到着が遅れに遅れるもんだから、烏魯木斉に釘付けだった僕なわけですよ。衝撃だよ、だって、寝て起きてもまだ羽田空港にいるんだもん。彼の到着が読めないから日帰り旅行に出られなかった。そう、暇を持て余してたんだ。

 

蛇足だけど、この海老名クンを烏魯木斉空港まで迎えに行ったわけだよ。で、到着ロビーで待ってるんだけどバゲージクレームから一向に出てこないんだ。で、一時間半ぐらい経ってようやく出てきた、感動の再会や!と思ったら、コイツ自転車持ってないんだぜ。自転車旅行しようと思ってんのに自転車持ってないんだぜ。わけわかんねぇだろう。手違いがあったらしくて(詳しくは知らんけど)自転車はまだ北京にいるらしいんだ。わけわかんねぇだろう。で、本人の連絡先が必要だからって空港職員のお姉さんとSNSのアドレス交換してんだぜ。わけわかんねぇだろう。新手のナンパだよ。

こんなヤツを待ってたら何もできなかったんだぜ。わかんねぇだろう。

 

まぁいいや。

 

海老名クンと落ち合って、何をするかっていうと、なんもしないんだ。何故なら俺はやることをやり尽くして、海老名クンは台風と自転車に心身ともに削られてるから。で、次の日。とうとうやることが無くなった俺は、「乌鲁木齐 电影(ウルムチ 映画)」で百度検索かけたんだ。そして見つけた「万引き家族」の文字列ですよ。

 

ね。観るしかないっしょ。

 

映画館は、百人いたら百人が「営業してない」って断言する雑居ビルの地下にあって、「チャイニーズマフィアのアジトに潜入」の趣がある。

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ここだぜ、ここ。ここの地下が映画館。

受付には気怠そうなおばさんが一人。マフィアなら切り込み隊長とったところだろうな。でもチケットを売ってくれたから恐らく切り込み隊長じゃないと思う(絶対そうだ)。30人も入らないシアターに観客は俺を入れて6人だけ。なんか知らんけど5,6歳の子供を連れてた家族連れがいる。観に行く映画絶対間違えてるやろ、と思いつつ、もしかしたらハイパー教養レベルの高い家庭なのかもしれないと思ってその家族連れを見ると、子供はラジコンで遊んでいた。間違いなく観に行く映画を誤っている。「万引き家族」の上映が始まって少し経つと隣のシアターでも映画の上映が始まった。なんで分かるかというと、レオパレスよろしく壁の向こうの音が漏れて聞こえるからだ。映画館なのに。流石に「AV撮れへんな*1」とは思わなかったが、どうやら隣のシアターの映画はハリウッド超大作らしい。いちいちけたたましい。リリーフランキーが口を開こうもんなら、ガラガラガラカッシャ―――ン!!!!ドッカ―――ン!!!ブゥワァァァオオン!!!!って聞こえてくる。お陰で、リリーフランキーの繊細な感情表現の裏側に飛行機がビルに突っ込んだであろうシーンがよぎってくる。樹木希林が臨終するシーンでは裏で若い女の声で「ヘルプ!ヘルプ!」って聞こえる。お前も助けてほしいだろうが、こっちだって「ヘルプ!ヘルプ!」だし、もっというと樹木希林が一番「ヘルプ!ヘルプ!」だろう。だってもうすぐ死ぬんだもん。

 

 

つまり何が言いたいかというと、パルムドール受賞作はそんな障害は軽々しく乗り越えてくるぐらいの良い映画で、松岡茉優は巨乳。

 

あ、海老名クンの自転車は次の日には届きましたが、その翌日に彼はipadの入ったカバンを失くしました。

 

わけわかんねぇだろう。

 

次からはタジキスタン編です!

*1:当ブログ『世界一周初日のはなし』より。https://ressoryankyoto.hatenablog.com/entry/2018/08/12/182934