岐阜から東京まで歩いた話05(プロローグ完結編)

(前回↑の続き)

 

帰還、生還

必死の形相で石段を下って小田原中継所もとい、小田原に着いたのは、19時頃でした。要するにこの4日間で一番時間がかかったことになります。

 

途中、箱根の温泉に入れたことは良かったけれど、箱根湯本周辺で人が多すぎて金曜夕方の渋谷駅みたいな人込みの中を歩かなくてはいけなかったり、本格的に雨が降りだしたり、「小田原」と呼ばれる範囲が広すぎて小田原に入ってから中々目的の宿に到着できなかったり、宿の予約日を一日間違えていたために更に別の宿まで歩かなくてはいけなくなったり。最後、宿に着いた時には、箱根駅伝の選手のようにその場に倒れこみたくなりました。

 ・・・哀しいかな僕を抱えてくれる大会スタッフもダウンコートもないので、倒れこめなかったんですけど。

 

そして、翌日。横浜から実家までを歩き、僕は無事帰還を果たすのです。

 

言ってしまえば、最終日は特に面白いことはありませんでした。普段からよく知っているところを歩くだけ。もう歩かなくていいんだと思うと先日の疲労もそんなに気にならずに、夕方には僕の生活圏に入り、気がついたらゴールです。

 

5日間で約170キロを歩ききった達成感はひとしおでした。

 

世界一フットワークの軽い男

と、同時に思います。

 

パミールを歩くなんてのは絶対無理だ。」

 

補給も休憩も不自由ない低地でこの有り様なのに、今以上の荷物を背負いながら「世界の屋根」を歩くのは贔屓目に見たって難しい。どう考えたってDEAD END。夜空のお星さまになっちゃう自分が容易に想像できます。『目を閉じれば億千の星 一番光る俺がいる』状態。『純恋歌』ならぬ『殉れそ歌』です。で、方向転換という名の妥協が図られます。

 

 

徒歩が無理なら、やっぱり自転車だぁ!

 

歩き始めてから4か月目の原点回帰。今までの企ては何だったのか。今まで歩いた440キロはなんだったのか。

 

自転車で行く。とはえいえ、よく知らない場所でやったことない事、一人でパミールを自転車で行くのは不安が大きすぎます。そもそも自転車って外国に持っていけるの?どこで自転車って買えばいいの?

 

でも、だからといって、パミールまで自転車を持って一緒に付いてきてくれる酔狂な人間なんているのか。そんなのいるわけ・・・

 

いました。それが、世界一フットワークの軽い男こと高校の同級生、海老名クンです。いるもんですね。奇人、変人が。

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 3月の終わり、春があと少しでやってくる頃、たまたま京都の我が家に遊びに来ていた彼に酒をたらふく飲ませたところで、

 

パミールに行きたいんでけど一緒に行かないか。自転車で。」と持ち掛けると、酔いも回ってきた彼は二つ返事で

 

「なにそれ。行こう。」

 

嘘みたいな即答に、むしろ僕の方が若干引きつつ

 

「言ったな。決定だぞ。」

 

「行こうぜ。」 

 

これでパミールでの自転車旅が決定しました。

 

彼に言わせると、当時パミールが一体どこにあるのかも知らず、この選択は大学生活最大の過ちなのだそうですが、そんなこと知ったこっちゃない。もう、言質は取りました。こっちのもんです。そして、7万7千円の自転車を買いました。これで後戻りはできません。そうして、僕らは8月のウルムチで落ち合うことになるのです。

 

これがこのブログの最初の記事で「ウルムチのホテルにチャリを送る」事を検討していた顛末であります。

 (プロローグ完)