若者の旅行について思うこと(一番最初の記事として投稿しようとしていたもの)

 

最近、若者の旅行についてSNS上で様々な意見が見られています。事の発端はというと、ヒッチハイクアメリカ横断を実行しようとしていた日本人の中学生です。彼の計画があまりにも無謀で危険を顧みない行為だったために、SNS上で彼を危ぶんだり批判したりする声が上がり、そこから様々な人が旅に関する考えを述べだしました。

 

僕自身としては以前ブログでも書いたよう(『ゲンロン0 観光客の哲学』読書ノート:旅人でも観光客でもないモノ#01 - ウルムチのホテルにチャリを送る。~現役京大生の世界一周~)に、「旅行」という行為そのものについて考えながら旅行をしてきました。現在進行形で旅行をする一人の若者としてここに考えを残しておきたいと思います。

 

 まず、騒動の発端となった彼についてですが、彼の行為が褒められるべきものじゃないのは承知しています。しかし同時に彼を理解できる面もあります。

 

というのも僕が行なった自転車旅もある意味では無謀な旅行だったからです。自転車経験の少ない人間がパミールを横断するのはそれなりにリスクが伴います。それを理解した上で、それでも僕がパミールに自転車で行きたかったのは、パミールの写真を見た時に受けたあの衝撃を自分の力で体感してみたかったに他なりません。彼も同じなのではないでしょうか。彼の「いいねが欲しい」「有名になりたい」といった肥大化した承認欲求が指摘されることがありますが、決してそれの為に旅行していたわけではないと僕は思います。それ以上に純粋なモノが彼を動かしたのではないでしょうか。ただ彼について残念だった点は、その純粋な想いに対して正直になれずに彼のビジョンが良く分からなくなってしまったことだと思います。彼はクラウドファンディングを行っていました。クラウドファンディングを行うということは自分の旅行が商品化してしまうということです。この時点で、彼の旅行は純粋な想いから離れて道具となってしまいました。ただ、旅行を道具としている割には、彼は自分の旅行が何のための旅行なのか説明していなかった。旅行系ユーチューバーのように名声とお金の為に旅行をするほど割り切れてもいなかった。この姿勢が「遊びたいからお金くれ」のように捉えられてしまって、人々は彼になんとなくの嫌悪感みたいなものを感じてしまったのかなと思います。クラウドファンディングを行うには旅行がその本質を損なうことへの覚悟が必要だと、今回の件を通して考えました。

 

また、彼は自身の旅行を無謀だと思っていなかったのではないかと思います。これまでの自分の経験からアメリカ横断について十分の勝算を持っていたのだと思います。旅行者にとってこの判断は非常に大切なものです。事実、自分自身もパミール旅行については安全や健康を考慮してかなりの妥協をしましたし、この判断ができない人間が旅行に出るべきではないです。その中で、彼は誤りこそしましたが判断をした。彼の過ちは彼自身の無知から来るもので己の無知に無自覚だったことは批判されるべきですが、ここについて批判をされるべきではないと考えています。

 

そして、彼自身に問題が無かった、とは言いませんが、それ以上に周りの大人の責任は大きいのではないでしょうか。義務教育という国民の義務を放棄して国外に送り出した親御さん、旅行の良い面しか見せずに旅行を奨励する大人たち。危うさを持つ子供たちを一度立ち止まらせることが周囲の役目です。特に若者の無謀な旅行について警鐘を鳴らせなかったバックパック旅行業界は大いに反省する必要があると思います。かく云う僕も彼の旅行にロマンを感じてしまった一人です。これは反省しなくてはいけません。

 

 

次に、僕を含めた若者の旅行についての考えです。これについては、このブログに最初に投稿しようとしていた記事(ボツ記事)に考えがまとまっているので以下に転載します。

 

前日譚:キャリア的旅批判

 

なんにも用事がないけれど、自転車に乗ってパミールへ行って来ようと思う。そして、そのまま旅に出ようと思う。行ってしまえば八か月間、戻らずに旅をしようと思う。始点も終点も日本だから、いわゆる世界一周である。幸いにも時間と経済に余裕があるから行かないということはないわけだ。秋口にこれについて案じ始めて、春前には決心をつけた。そうなると、もうはやい。あっという間に桜が咲いて散って若葉が萌えた。

 

旅に出る理由はだいたい百個ぐらいあるのだけれど、目的は、ない。

 

はじめて海外へ行ったのは1歳の頃で、なんとグアムへ行ったらしい。そんなことは全く覚えていないけれど、親にさんざん連れまわされた影響もあって旅行が好きだった。そして、二十歳の時分、世界一周である。小学校の卒業アルバムの将来の夢という欄に「世界一周」と書いていたから文面的には8年越しの夢がかなったことになる。けれども、これは半分、嘘だ。当時、小学六年生の自分にとって「世界一周」という夢はある種の逃げだった。そもそも将来の夢という問いに「世界一周」と答えるのは素直でない。皆がスポーツ選手だの漫画家だのなりたいと夢想する自分像を答える一方で、自分としてはそこにそれを書きたくなかった。将来、卒業アルバムを見た自分が理想とかけ離れている自分になっている悲愴な姿が脳裏に浮かんだのである。そこで「世界一周」である。これならなりたい自分になれなかったとしても達成できる夢だ。そして、「世界一周」という文面は世間体もよくカッコいい。降ってわいた夢だったけれど、そこに「世界一周」を書いた。そして、今、「夢」がかなおうとしている。未だに自分の中の世界一周は卒業アルバムのあの「世界一周」なのだろうか。

 

アルバムに「世界一周」と書いた半分は逃げだったが、半分は憧れだった。沢木耕太郎への憧れだ。「深夜特急」を初めて読んだのは卒業アルバムをつくる少し前のことだったように思われる。家にあった「深夜特急」になんとなく手を伸ばし、気付くと貪るように読んでいた。香港で旅を始め、インドからロンドンまで陸路で移動した旅の記録。自分も80年代を生きたバックパッカーのようにこの本に魅せられていたのだろう。こと香港、東南アジア編については何度も読み返した。しかし、沢木の旅の終結を見届けることがなんだか名残惜しい気がして、ポルトガルのサグレス岬に到達するところで本を置いた。沢木は国語学者大槻文彦の言葉を借りて旅の定義とする。すなわち、旅とは「家ヲ出テ、遠キニ行キ、途中ニアルコト」なのである。そういう意味において沢木は自分の中ではいまだに旅の中にいるし、ロンドンはまだ見ぬ夢の場所である。これ如何せん。

 

何のために旅をするのか。

 

われわれ日本人が世界一周という自由を手に入れたのはつい最近のことである。小田実は60年代に世界一周を成し遂げたバックパッカーの先駆者といえるだろう。小田はハーバードへの交換留学生として日本をとびだして世界を遊学した。同じ頃、北海道にはカニ族と呼ばれる放浪の若者が集まるようになる。彼らはアメリカで発生した「ディスカバーアメリカ」のムーブメントに影響されて当時、日本最後のフロンティアだった北海道、特に道東を旅した。そして64年に自由旅行が解禁され、海外旅行が社会化し、同時に娯楽化する。80年代における沢木の旅は旅の社会化や娯楽化の恩恵を最大限に被ったものである一方で、逆説的に制度化、娯楽化した自由旅行へのアンチテーゼであり、彼はその旅の道中で自らの旅の意義を自問自答し続ける。自由に旅ができるようになってから半世紀、私たちはロマやユダヤ人のように存亡をかけて旅する必要はないし、スマートフォンひとつで移動し、泊まり、出会うことができる。私たちの旅はもはや冒険ではなく、誰にでもできる娯楽であることは否定できないだろう。自分がパミールにおいてそうであるようにいくら刺激や興奮を求めた旅をしたところで、それは疑似冒険に過ぎないのだ。

 

ひとつ言いたいのは旅というものが偉大な何かでなければ、有益な行為でもないということだ。どちらの旅が偉いかということはなく、ましてや旅をしているから偉いというわけもない。私たちは旅に目的を探しがちで旅をそれ以降の人生に役立てようとするが、大層な大義名分は置いておいてその本質は娯楽であって自己満足に尽きる。そこに何を見出してもいいし、自分がそうであったようにそれを憧憬のまなざしでとらえてもいいけれど、啓蒙的な旅礼賛はあってはならない。なぜならば、本来、旅に目的はないからである。あなたが旅から得たと思う何かも予期のできない後天的な産物であって、「旅をしなさい。さもなくば、それが与えられん。」とあなたの後を追う誰かを導くことは彼の旅に目的をひもづけることを意味するのだ。目的をひもづけられた旅は道具となり、「道具的旅」はそこに主体性を失う。哲学者のアドルノとホルクハイマーは理性における道具化を批判(道具的理性批判)するが、旅においても同様に「道具的旅」は私たちの手をはなれて自動化し私たちは旅に対して無力になってしまう。時として旅は目的化するものの旅に目的はない。

 

何のために旅をするのか。これに答えようとするならば、旅のために旅をするのだといいたい。多くの若者が目的の伴わない旅を不安に感じたり他人の評価を気にしたり、また戻ってくるまでに人間として成長しなくてはいけないという強迫観念にとらわれている。しかしそんなことは可笑しくて、ゲームセンターやコンサートへ行くように旅に出ればよい。つまり、なによりも旅に対して快楽主義になることが大切だ。旅をしているという実感をかみしめることこそが旅の醍醐味なのだ。

 

先人たちの後を追い、八か月間旅をしようと思う。「世界一周」である。もう一度鴨川の桜が咲くころ、自分の世界一周は終わっているだろうか。沢木の旅を終わらせてやれているだろうか。

 

f:id:ressoryan:20180623000237j:plain