【タジキスタン】世界の屋根と自転車素人#05「空気を読んだ自転車工」


(前回↑の続き) 

 

車は谷間を進む。雲一つない青空は砂塵で霞んで、谷底をながれる川は山肌とおなじ茶色をしている。ランクルはこの細い未舗装路を飛ばして大型トラックを追い抜かしたかと思えば、対向車とすれ違うために急減速をするので、落ち着く暇はない。川の対岸はアフガニスタンだ。といっても、川の向こう側で劇的に風景が変わるわけでもない。おなじ茶色の山肌がつづくだけで、そこがテロと情勢不安の国であるようには思えなかった。

 

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川の対岸はアフガニスタン

ホログについた頃には日は完全に暮れていた。ドライバーの言っていた所要時間の通りだった。車を降りて固まった身体を伸ばしていると、ドライバーは屋根に乗せていた自転車を降ろしていた。「ありがとう」僕らが彼に握手を求めると、彼は積み荷代として100ソモニを上乗せて要求してくる。ふざけるな。「てめー昨日、トータルで300ソモニだって言ってただろ。払わないよ。」「積み荷の100ソモニはみんなそうだ。当たり前だろ」疲れているからって、負けるわけにはいかない。言い争いだ。星空に大声が響く。僕らが激しく口論していると、見かねた宿のスタッフが間に入ってくれた。スタッフが言うには、言い分は分かるがトータルで400ソモニは悪い額じゃないし、積み荷代も珍しいことじゃない、払ってやってくれ。と。「そこまで言われると」。僕らは不本意ながらドライバーに積み荷代の100ソモニを渡した。時刻は夜9時。出発から12時間が経っていた。ホログは谷底にあって、宿は街外れにへばりつくように立地している。宿から見下ろすと町にはいくつかの電灯の光が確かに灯っていて、この辺境の地に人が暮らしていることを誇示しているように見えた。寝床につくと僕らは泥のように眠った。

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 翌日、遅く目覚めると、宿からは町が一望できた。その光景は昨日ひた走ってきた数百キロの景色となんら変わりはなく、ただ乾燥した山肌と濁った川があるのみで、違いといえばそこに町があるかどうかだけだった。こんな地の果てにも文明があることに僕は感嘆した。そして、僕らは買い出しと自転車整備のために谷底にある市場に繰り出してみることにした。中心部へ繰り出すと、たしかに生活があって人々が活気良く往来している。ただ、市場があると言われている所に行ってもそれらしきものは無い。どうやら市場は早くに終わってしまうらしい。この時点で午後を回っていた。遅く起きたのがアダとなった形だ。仕方ない。そこで買い出しを諦めて、自転車の整備工を探すことにする。随分前の情報をたよりに自転車工を探すのだが、それらしき人はいない。仕方ないので住人らしき人に訊くと、「あっちだ」と教えてくれた。僕らは「あっち」へ行くのだが、やっぱりそれらしき人はいない。また仕方ないので別の住人らしき人に訊いてみて、その彼の言う「あっち」へ行ってみる。そんなことを繰り返すうちに一軒の小屋の前に辿り着いた。どうやらここらしい。扉を叩くと一人の男が出てきた。

「中国人か。どうした。」

「いや日本(ヤポーニヤ)だ。後輪のギアがうまく入らないんだ。直せるか。あと、ここのネジが欲しい。」

「そうか、わかった。見せてみろ。」おもむろに男はギア周りを触りだす。

...その手は、まったく手慣れていなかった。素人のそれだった。「うそだろ。」彼はドライバー一本であっちを緩めたり、こっちを締めたりするのだが、正直、それで解決するなら自力でなんとかなる。どうやら彼は自転車工ではなく、ただ「ドライバーを持ってる人」だった。

 

そんな彼が自転車に悪戦苦闘するにつれて、なんとも言えない空気感が流れる。要するに「一向に直らない自転車に責任を感じて、同じ所を締めたり緩めたりし続ける男」と「せっかく修理してもらっているので、お前では直らないと言い出せない僕ら」の気の遣い合いが始まったのだ。(あれだ、あれ。飲み会で残った唐揚げの残骸だ。)彼はただの「ドライバーを持ってる人」だ。彼にこれ以上触らせいると余計なところまで壊されかねない。この状況をいかに打破するかだけを考えていた。男の方も、もはや打つ手なしといった感じで意味もなくネジを触っている。互いの利害は一致しているのに、互いの気遣いとプライドが邪魔をする。地獄である。そんな膠着状態が10分ほど続いただろうか。彼が切り出した。「・・・直ったぞ。」その自転車は明らかに直っていなかった。なんなら修理前と何も変わっていなかった。色々こねくり回された結果元に戻っていた。しかし、彼に文句をいうべき状況ではない。彼はこの地獄を察して一芝居打ってくれたのだ。彼は目で必死に語っている。「もうこれ以上修理は無理だ。察してくれ。」

 

僕らは彼の目から全てを汲み取って、必死でそれに応える。「ありがとう。完璧に直ってる。助かった。」目前にあるのは何も直っていない自転車なのに。それに対して彼は職人然とした顔で「お代は結構だ。」と返した。僕らもジェントルマンを装って「そうはいかないよ」と言う。よかった。切り抜けた。

 

...あ、「何も修理できなかったのに金を貰うわけにはいかない男」と「完璧に直ってると言ってしまった以上金を払わざるを得ない僕ら」の第二ラウンドだ。

 

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 (P.S. ちなみに、探していたネジは金具屋にいた5歳ぐらいの男の子が見つけて加工してくれた。こいつも「お代は結構だ」と言ってきた。こっちの方は単純にマジでカッコよかった。)

(続く)